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討論 郵政改革案 岸博幸氏「民業圧迫は許されない」(産経新聞)

【金曜討論】

 鳩山政権の郵政事業見直し政策の集大成ともいえる「郵政改革法案」が20日にも国会に提出される見通しだ。自民党政権の郵政民営化路線を抜本的に見直して、予定されていたゆうちょ銀行やかんぽ生命保険の完全民営化を撤回。官業色を強める一方で、貯金や簡保の限度額を引き上げるため、民間金融機関への影響が懸念されており、内外の反発は大きい。民営化を推進した岸博幸・慶大大学院教授と、見直し作業に協力してきた田尻嗣夫・東京国際大学学長に聞いた。

 ≪田尻嗣夫氏≫

 ■政府が個人の金融保護

 ○金融2社で郵便支える

 --日本郵政は郵便事業会社と郵便局会社を統合し、ゆうちょ銀行とかんぽ生命保険の金融2社を置く3社体制になる

 「郵政3事業一体の運営体制を持ち株会社と4事業子会社に分割したことで経営が非効率化し、郵便局窓口の待ち時間の増加など国民負担や不便が出てきた。構造的問題や体質を是正するため、見直しが行われることは評価できる」

 --金融2社で、郵便事業を支える形は事実上変わらない

 「郵便事業はIT化などの影響で、はがき類の扱いは減少傾向にあり、今後需要が減っていくのは避けられない。郵便事業だけで自立することは難しい。当面、金融2社の株式配当などで郵便事業を支える経営形態は現実的だ」

 --金融2社にもユニバーサル(全国一律)サービスが義務づけられる

 「金融事業にユニバーサルサービスの『網』をかけたのは正しい方向だと思う。自由競争市場主義の金融自由化をやった欧米諸国では1990年代から、『金融の排除』で、主に低所得者が公共料金の振り替えができなくなるなど金融面の格差が社会問題化し、小口・個人の金融機会の国民保障が大きな政策課題となった。政府が何らかの形で小口・個人の金融機会を担保し、保障するのは国家の義務だ。政府干渉をいかになくすのかという時代ではなく、逆に政府介入が必要になっている」

 ○地方債で金を環流

 --限度額引き上げで、民業圧迫を懸念する声は根強い

 「本当に資金が大きくシフトするかどうかは、なんともいえない。民間金融機関の預金金利とゆうちょ銀との金利格差や民間銀行への信用不安などの条件で変わってくると思う。ただ、地方の金が地方に環流せず、中央のマーケットに投入されるだけだと、地場産業や地域経済の疲弊につながってしまう。地方に環流する方策を考えることも必要だ」

 --具体的には

 「リスクが大きく民間金融機関が単独ではできない長期大規模計画や、現在は割合が少ない地方債の積極的な購入など段階を踏み、地方にお金を流していく。自宅を担保にした年金制度の一種の『リバースモーゲージ』市場拡大のため、郵政グループがこの制度に取り組むのも一つの手だろう」

 --見直しの課題は

 「ここ15年間で4回の経営形態の変更という看板の掛け替えをするたびに、『展望なき国民負担』だけが積み重ねられた。郵政3事業が国民生活にどういう経済的・社会的メリットを与えるかという説明も曖昧(あいまい)なままで、郵政事業の事業効率化などの議論も少ない。国民共有の貴重な資源が、将来展望なき制度改革に結びつかないようにする必要がある」(神庭芳久)

 ≪岸博幸氏≫

 ■民業圧迫は許されない

 ●弱い者いじめの支援

 --一連の郵政事業見直しをどうみる

 「政策の決定過程が不透明で、選挙対策で決めているとしか思えない。赤字体質の郵便事業を金融事業の収益でまかなうため、ゆうちょ銀行の預入限度額や、かんぽ生命の保険金上限額を上げて資金を集める。しかも政府出資を残しながら民間金融機関と同じ銀行法と保険業法を適用するなどおかしな点が多い。民間との競争においては正に民業圧迫。政府による日本航空(JAL)の支援と同じ構図だ」

 --JALと同じとは

 「JALは公的資金で支援を受けた後で安売り競争を仕掛け、ANA(全日本空輸)の怒りを買った。郵政事業見直しでは、信用金庫や信用組合は預金の流出が必至で大きな影響を受ける。地域の弱小金融機関から利益を吸い上げ、有利な立場を利用して新規事業に参入するというのは不公平だ」

 --弱い者いじめだと

 「いまの政権は『弱者の味方』を標榜(ひょうぼう)していたのではなかったか。地域の弱者のために頑張っている中小金融機関から利益を吸い上げ、なぜか自分たちの票になる組織に金を流す。郵政事業見直しで、特定郵便局長が潤えば、また非正規社員10万人が正規雇用となって組合に加入すれば票につながると踏んでいる。郵政はハッピーでも、地域で不幸になる人が続出する」

 ●新郵政は国営企業

 --郵政マネーを公共事業や海外インフラ投資に使うなどの案が閣内であり、不採算事業に投入して批判を浴びた「財政投融資の復活」との批判もある

 「『新郵政』が、官と民の『いいとこ取り』のようにも見えるが、中長期的には官と民の『悪いとこ取り』だ。事実上、国営企業と同じだから口を出す閣僚が多いのだろうが、財政投融資の復活そのもので内容がひどい。財政や金融を知らない閣僚が、野党感覚のまま思いつきで発言しており、国家の赤字をどんどん増やしていくだけという事態になる」

 --小泉政権下での郵政民営化とは何だったのか

 「もともとが扱いにくい『鬼っ子』で、検討した将来像は2つあった。1つは徹底した民営化で普通の金融機関にする、ということ。もう1つはナローバンク(狭義の銀行)、つまり国債の吸収機関と位置づけ、規模をどんどん縮小して消滅させていくというものだった。ただ、それでは雇用に大きな影響が出るというので選んだのが完全民営化だった。郵政民営化法案は国会で長時間にわたる議論をし、民営化後10年の将来像も示した上で議論を尽くしたが、今回の検討にはそうしたプロセスが全くない。それが残念で仕方がない」(藤沢志穂子)

【プロフィル】田尻嗣夫

 たじり・つぎお 東京国際大学学長。昭和15(1940)年、大阪府出身、69歳。大阪市立大学卒業後、日本経済新聞社入社。その後、東京国際大学経済学部教授、経済学部長などを歴任。今年4月から現職。総務省の郵政行政分科会会長も務める。著書に「世界の金融市場」「ザ・シチー」など。

【プロフィル】岸博幸

 きし・ひろゆき 慶応大学大学院メディアデザイン研究科教授。昭和37(1962)年、東京都出身、47歳。一橋大学経済学部卒業後、旧通商産業省(現在の経済産業省)入省。小泉内閣の竹中平蔵・経済財政担当相の秘書官を経て平成18年9月、慶応大学助教授に転じ、20年4月から現職。

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